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朝にラーメンとおにぎりを食べた

  • Umi Yamaguchi
  • 2023年12月31日
  • 読了時間: 6分




環境が一変した2023年。

たくさんのやるべきことに翻弄されないよう、感情の切り替えに重きを置いた一年だった。


感情が大きく揺れれば揺れるほど、余韻も比例して大きくなる。ただ過去に思いを馳せるのは、今を止めることと同意であるような気がした。



今この瞬間に取り組むことで、毎日を繰り返した今年。

例年に比べ、地元に帰省した回数は少なかった。



必ず帰っていたゴールデンウィークやお盆も今年は東京。


2022年から2023年へと変わる期間は実家にいたものの、予定よりも早く東京へ戻ったのは母と大喧嘩したからだった。

大泣きしながら電車に飛び乗った早朝。縋る思いで立ち寄った浅草寺で、引いたおみくじは大吉だった。



その後、いくつもの帰省タイミングを逃し、痺れを切らした母が東京へ泊まりに来たりもした。


今年、唯一帰省したのは、旧友がひらく地元のクラブイベントへ遊びに行くための24時間ほど。




───9月頭、残暑の夏。



そのイベントは夜中から朝方にかけて、お馴染みのクラブにて行われた。友人たちが皆集結する。いわば同窓会気分。


23時から開場のクラブに、母が車で20分かけて送迎してくれた。終電はもう、とうにない。


「まったくもう、気をつけてね」


お供えのような気持ち程度の心配を表明すると、母は私をそそくさと放り出して帰って行った。



「クラブに母親が送ってくれるのやばいよね」


「やばい、理解ありすぎ」



合流した友達もまた、母親が送ってくれたらしい。



「てか普通に考えてやばくない?うちらここで初対面だったもんね、最初からごりごりにお互いの悪口言いまくってさ」


「クソガキとかクソババアとか」


「そう。なんで仲良くなったんだっけ」


「もうお互いのお母さんまで知ってるし、ないっしょ」


「普通ね、ないない」



ひとしきり感傷に浸り、その後はみんなとたくさん乾杯して、たらふく酒を飲んだ。


5年ぶりじゃん、みたいな知り合いばかりがクラブを満たし、終始穏やかな温かい空気が漂う。


イベントが終わった後も、空が明るい駐車場で何をするでもなく皆が輪を作る。だらだらと話し込むなか、ようやく誰かが切り出した。



「え、山岡家いくよね」


「行くでしょ」


「行こう、車の奴に乗り合わせで」


「私も行く」



クラブ終わりの家系ラーメン店。昔からずっと定番の場所だった。皆そこまでがセットだという共通認識を当たり前のように持っている。


車に乗ると、途端に空腹と眠気がせめぎ合った。



「懐かしいなこの感じ」



車内で聞こえたご機嫌な一言は誰が言っていたんだろう。



「うわっくさ」



皆が揃い入店すると、久しぶりに嗅いだ家系ラーメン店独特の匂いに爆笑する。赤い床、ベトベトの床。

私はここのラーメンをシラフだと食べられない。途端に明日の胃袋が心配になる。



「どうしよう、朝ラーメン食べるの久しぶりなんだけど」


「じゃあ何食うんだよ」


「……餃子?」


「よわっ。お前それでいいの?」


「だよね。えー!どうしよ」



酒の力で調子に乗った追い詰め方をする友達に、反論する気力はなかった。

しかし少なからず今日という貴重な日に、あの頃を再現するラーメンを食べないというのは負けている気もする。



券売機の前で迷った挙句、私は醤油ラーメンと餃子を押した。弱くてたまるもんか。



いくつもあるボックス席が続々と知り合いで埋まっていく。


牛丼チェーン店のように真ん中に店員さんの通路があって、テキパキとボックス席をまわり食券を回収していくのをぼうっと眺めた。



「餃子も頼んだからみんなで食べよ」



席に座るほか3人にも餃子を押し付けておく。ラーメンはすぐに運ばれてきた。思わずうわー、と声を出してしまうビジュアルに失笑する。


太い麺は硬め、大きくトロトロな焼豚に、海苔とほうれん草が添えられていた。



「染みるわあ」


「脳にきてる、脳に」


「待ってでもやばい、もうきつい」


「分かる」


「これ減ってる?」



結局、散々弱音を吐きながらラーメンは無事完食し、餃子は5個のうち2個を私が食べた。

着ているボディコンが明らかにキツくなったのを感じる。水を飲むことすら苦しい。



その後、空腹が満たされた私たちには睡魔だけが残り、別れを惜しむこともなく、あっけらかんと解散した。


きっとまたいつか会うだろう。

そう思えるような安心感を感じていたし、感じてもらえている気がした。



「次の電車あと何分?」


「30分ないくらい」


「長いなー」



数人の電車組で、駅前の朝にうなだれる。

徐々に上がってきた気温が、体にこびりついたタバコの匂いと混ざって心地悪かった。


ようやく乗れた電車はうつらうつらしていて、あまり覚えていない。いつの間にか友達は先に降りていた。



次は◯◯駅〜

次は◯◯駅〜



朦朧とした頭に聞き慣れた駅名がこだまする。ああ、降りなくちゃ。


無事に降車し、歩道橋で線路の反対側へ渡るとすぐに家に着いた。



「ただいま」



しゃがれた声に自分でも引きつつ玄関を開けると、なにやらいい匂いがする。台所から母がひょっこりと顔を出した。



「あらおかえり。おにぎり作ってるけど。食べる?」



母の職場に持っていくおにぎりだろう。ついでに私の分も握ってくれている途中だった。


今日、母が仕事に出掛けている間に、私は東京へ戻らなければいけない。この朝を最後に、またしばらく会えなくなるだろう。



「んー、食べようかな」



母への免罪符のようなイエスだったけど、ぱんぱんに膨れたお腹が、これ以上はやめておけと言っている気がする。おにぎりは後で食べたらよかったのかもしれない。


少しの後悔と大きな睡魔に逆らうように、iPhoneでYouTubeだけを見ておにぎりを待つ。



「はいどうぞ」



出されたワカメおにぎりは艶々としていて、途端にラーメンなんて食べていないかのような食欲が湧いた。



(これは後日の話なんだけど、この話を書いている時に「お母さんのおにぎりって三角じゃなくて四角だよね。なんで?」と聞いたら、「丸だよ!」と怒られた。

だけどどう見ても四角いおにぎりが私は好きだった。)



とは言っても先のラーメンが無くなるわけがなくて、出勤準備に忙しなく動く母を尻目に、黙々と無心でおにぎりを頬張る。

食べているというか、詰めているという感じだった。



「ごちそうさま」


「はいはい。今日何時に帰るの?」


「16時とかには」


「また遅くなるんじゃないのー?のんびり屋さんなんだから。18時くらいまでいたら、お母さんもまた会えるのに」



このまままた会えなくなることを嘆く母に、私は何も言わなかったし、母もそれ以上は何も言わなかった。

どうにもならないことを伝えるには無言が一番効果的だと、いつの間にか学んでいるのが大人なのだと思う。



食器を台所へ片付ける。

握りたての母のおにぎりを、いつでもすぐに食べられたらいいのに。

そう思ったけど言わなかった。



すでに限界を迎えた瞼はすでに閉じかけていて、ふらふらとソファに座る。


意識が遠のくなか、軽やかな何かが私を包んだ。母がブランケットを掛けてくれている。



「布団で寝な、風邪ひくよ」


「うん、分かってる」



返事だけははっきりしてみるものの、応答するだけで精一杯の虚ろな意識の中、ラーメンとワカメおにぎりの余韻に浸る。



明日の浮腫みやばそうだな。お腹ギュルギュル言ってる。あーあ起きれるかな、目覚ましかけたっけ。



そんな嘆きとは裏腹に、幸福がじわじわと滲み出しているような感覚に襲われた。


みんなで食べたあの場所のラーメン、母が握った四角いおにぎり。


炊きたての炊飯器を開けたときの蒸気のように、白んだ温かさが私の脳内を満たしていく。意識が滲んでいく。




いつの間にか私は眠っていて、母は家にいなかった。






───それから4ヶ月が経ち、2023年の暮れ。



今年も無事に母と年を越せることに安堵しつつ、今実家でこの記事を書いている。


またここで、あの日の余韻に浸りながら、


これを2024年の私へのエールとしよう。






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