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【もう一度会いたい人】また会えたら、その時は海にドライブでも行こう

  • Umi Yamaguchi
  • 2022年7月26日
  • 読了時間: 6分

7月7日は七夕だったね。

Selfish Clubメンバーの願いごとポストは見てくれた?久しぶりに願いごとを考えたけどちょっと楽しかったなあ。


今月は七夕に掛けまして、「もう一度会いたい人」がテーマ。


うーん、悩みました。会いたいと思ったら会いに行ってしまうし、会えない人に「会いたい」と想いを馳せることもあまりないなあって。それで、過去をギュルギュルと遡って思い返してみた。


………あ。




2017年9月 静岡県中部


新幹線でひとり降り立った初めての町は、閑散としていてちょっと心細かったのを覚えている。矢印看板を持ったおじさんに挨拶をし、バスに乗った。


走り出したバスの車窓から見えるのは、田んぼや川ばかりだった。聞いたことがないスーパーを見つけては心の中で唱える。少し経つと、バスは小さな橋を渡り、門を構えた敷地に入った。


「じゃあ最初に受付けしますー。正面玄関から並んでください」


ゴロゴロとキャリーケースを引き建物内に入ると、天井が高くて日差しがすごく眩しかった。受付けの女性は忙しなさそうに、私が出した参加用紙を受け取る。


「山口さんね。えーと、普通免許オートマの取得で合ってますか?」




ーーーこれは、わたしが免許合宿に行った夏の終わりのお話。





当時大学生の私が選んだ教習所は、静岡県のとある田舎にあった。2週間、寮でシェアハウスをしながら通うプラン。

一人暮らしをしていた私にとって、他人と暮らすという選択はとてもネガティブだったけど、ホテル泊プランはとても賄える金額じゃなかった。


最終的な決め手は、この町に海があったこと。


自転車をレンタルすればすぐに海岸に行けるし、路上コースでは海岸沿いを運転することができる。見知らぬ町で見知らぬ人と暮らすなら、せめて。なーんて心のよりどころを海に求めたのだった。



シェアハウス先の寮はありきたりなアパートで、その一室に2人ずつ割り振られる。2DKで個室あり、独立洗面所、トイレ付き。洗濯機は共有だったけど、順番待ちが鬱陶しいくらいで困らなかった。



部屋割りで私とペアになったのは、少し歳下の女の子だった。


私より15センチほど低い身長、明るく染められたミディアムヘア。

ディズニーが好きで、キャラクターの文房具やヘアゴムをたくさん持っている。アイス屋さんの店長をしていて、「従業員からまた連絡が来た」とよく嘆いていた。



ある日、教習が終わり寮に帰ってくると、私の個室に大きい虫がいたことがあった。近くに海があるからか、見たこともない虫が頻繁に登場するのだ。


ギャーッ!と叫ぶ声はもちろん彼女にも聞こえ、隣の部屋から「なに?虫?!」と大きな反応が返ってくる。


「ねえ!取って!飛ばなそうだけどでかい!」


彼女の個室の前、大きな声で叫ぶ私は半泣きだった。縋る思いで彼女が部屋から出てくるのを待つ。


「もう、なんなの」


そう言いながら、出てきた彼女は顔にみどり色のパックを貼りつけていた。インパクトに一瞬涙が引いたけど、すぐに虫のもとへ案内する。そこ!と遠くから指さす先を見た、みどりの彼女は真顔で、


「でかい。無理だね」


そう言い放ち、パックがずれちゃうから、ほら、無理無理、とかなんとか漏らしながら、部屋へと戻って行ってしまったのだ。


あんなに大きい虫を前にし、口を小さく動かしながらそそくさと戻って行ったみどりの彼女に、わたしは数分間笑いが止まらなかったが。


その後、部屋を見ると虫がいなくなっていたあの絶望は今でも忘れられない。





同時期に、私たちの上の部屋に割り振られた2人組がいた。


一人は、ロングヘアに眉上で揃った前髪、色白でほくろがチャームポイントの女の子。

合宿中、唯一喫煙所で会った同性だった。初対面も早々に、わたしが着ていたシャツを見て「栃木にこんなお洒落な子いるんだ!」と失礼極まりない発言をするような子だ。



とある日、「どうしても海でお酒が飲みたい」と合致した彼女とわたしは、技能研修が控えていない夜を狙い、こっそりと海へ向かった。合宿中の飲酒は禁止されていたのだ。



無事、買い出しもクリアし海へ到着すると、駐車場と砂浜のあいだに建つコンクリート塀に腰掛けた。風が強くて、暗い海が少しこわかった。


「風強いねー。でもビール最高」


根っからのビール党だという彼女が選んだつまみは、どれも赤ちょうちんの居酒屋で出てきそうなものばかりだった。至福だ。


「気温もいいしねえ。いつもずっとビール?」


初めて酒を酌み交わした私たちも徐々に盛り上がり、好きな音楽を交互にかけ始めた頃、同時に海風も盛り上がりを見せた。強風でつまみのイカが舞ったのだ。


「あー!イカがあああ!!!」


そう叫ぶ彼女と、海辺に舞う、丸い輪切りのイカたち。

まるで冒険へ出る主人公を襲うみたいにウキウキしたあの海風に乗ったイカを、今でも時折思い出す。




その彼女のペアである二階のもう一人は、茶髪のボブヘアーに八重歯が可愛い女の子だった。

介護職をしていて、よく可愛いおじいちゃん達の話を聞かせてくれた。喜怒哀楽を全力で表現する、素直な人懐っこさは癒しだった。




だけど彼女は、どうしても試験がクリアできなかった。




前述した私たち3人が、鮮やかな茶畑で坂道発進にはしゃぐ頃、彼女はずっと筆記試験の勉強をしていた。


私たちがインターチェンジをくぐる頃、彼女は一時停止の練習をしていた。



悔しさで泣いている彼女を見るたびに、みんなで自転車を漕ぎ、ランチに出かけた。海鮮丼を食べたり、静岡名物「さわやか」のハンバーグを食べたりもした。


空き時間にスーパーでグミをいっぱい買ったり、海で寝転がりながらハンバーガーを食べたりもした。






そして3人が合宿最終日を迎えた日。

その日も彼女は、試験をクリアできなかった。




「また会おうね。もう少し頑張ってダメだったら帰ると思う。もう合宿延長するお金ないから」


涙ぐむ彼女が、キャリーバッグを持つ私たちに向けたあの笑顔を、今でも鮮明に覚えている。


先に帰るね、大丈夫だよ、また会おうよ。そう言うしかできなかった私たちは、心の底から、みんなで帰りたいと願っていたはずだ。




帰りの新幹線。それぞれの駅で降りるまで生ビールを飲み、駅弁を食べ、この14日間に浸りながらケラケラと笑い合った。

だけどやっぱり、彼女も受かったらいいね、なんて会話に落ち着くのだ。




「じゃあね~気を付けて!今度遊ぼうね!連絡して!」


手を振り別れたあの瞬間、わたしはおそらく寂しさを感じていた。

おそらく、と濁すのは「もう会うことがない予感」に気づかぬフリをしていた気がするから。


次が訪れるほどの共通点を、私たちは持ち合わせていなかった。あの14日間しか人生の接点がないのだ。

相手の日常に入り込めるほどの「会いたい」という活力が、接点がない生活の中でいつまで持ち堪えるだろうか。


そんな一抹の寂しさは当たり、それから彼女たちと会うことはなかった。そして、人生はこれの繰り返しなのだと、それでいいのだと、今の私は知っている。






私たちは、あの夏のおわりの偶然で繋がっている。だけどもし、また偶然が起きたなら。


みんなでいまを報告し合いたい。みんなの人生がどう動いていったのかを知りたい。





朝から夜まで続く講義を楽しかったと言えるのは、寮を選択した逞しい彼女たちがいたから。


忘れるわけないじゃん。あの14日間は、間違いなく私の青春だった。



戻ることも繰り返すこともない、たったひとつの夏。


「また会えたら、その時は海にドライブでも行こう」





Umi Yamaguchi




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